余薫記

Nothing but this is the part of me.

【所論】ネット世界における光と闇 ーLight and Darkness in the Internet World

どんな物事にも「光と闇」がある。便利なものは本当に世の中をよくしたのだろうか、ふと誰かに問いかけたくなる時があるんだ。もうすぐ終わりを告げてしまう平成の世。私が生まれたのはインターネットが急速に発達したこの時代だった。説明するまでもないように思うけど、インターネットが「世界中の個人や組織が持つコンピュータによる繋がり」を意味するのは周知の事実だね。ちなみにそのコンピュータの基礎が生まれたのは第二次世界大戦時で、ナチスドイツのエニグマ暗号を解読するため、数学者のAlan Turing(アラン・チューリング)がBombe(ボンベ)という機械を作ったのが始まりとされている。

参照①:チューリングとエニグマ暗号機

参照②:<公式>映画『イミテーション・ゲーム / エニグマと天才数学者の秘密』オフィシャルサイト|大ヒット上映中

 

f:id:vkzh-018:20181007193308p:plain

画像:photoAC

 

 

SNSが普及する前の小学生時代 

日本でインターネットが始まったのは1984年のことだ。そして現在も頻繁に問題視されているSNSソーシャル・ネットワーキング・サービス)は2004年に始まった。私は1996年生まれで現在21歳だけど、携帯電話を持ち始めたのは家庭事情もあって小学校1年生という早い時期なんだ。でも現在のようなスマートフォンiPhoneも含む、以下スマホ)が登場したのは2008年だったから、高校生になってスマホに変えるまでは通称ガラケーと呼ばれるガラパゴスケータイを使っていた。(※ちなみに語弊を避けるために書いておくけど、世界初のスマホは1992年に登場している。下記リンク「参考②」参照)

  

 

小学生時代は危ないサイト等に繋がらないように、ネットのフィルター制限を設定されていたし、稀に保護されたページなどを開くことはあっても、基本的に通話とメール機能くらいしか使わなかったね。

 

そもそも小学生で周囲に携帯電話を持つ人は多くなかった。基本的にはお手紙で連絡をとって、電話したいときは各々のご自宅にかけていたしね。相手方の親御さんが出られることもあったから、両親には言葉遣いをよく注意されたな。学校では男女関係なく皆で虫捕りをしたり、複数人や個人同士で交換日記をすることもあれば、校庭でキックボードや鬼ごっこをしたり、親友とお絵描きしたり読書量を競い合うこともあった。公園の遊具やベンチで友人と語ることもあれば、お家でチェスやオセロなどのボードゲームをしていた。たまに校区外でショッピングもしたっけ(笑)

 

 

現在誰もが持つスマートフォンSNS

そんな便利な連絡手段はまだ普及していないので、

誰かと常に繋がっている必要もなければ不安もない。

当然一人のときはその時間を気楽に楽しめた。

 

参考①:日本におけるインターネットの歴史|おかげさまで創立20周年|デジタルアーツ株式会社

参考②:1992年に発売された世界初のスマートフォン、「Androidよりマシ」と褒められる - iPhone Mania

 

 

 

ネット社会が持つ光と闇

そしてこのiPhone(現代型スマートフォン)が登場して以降、爆発的に世間にSNSが普及したように思う。中学生時代では既にSNSGREEmixiAmebaなど)を楽しむ人も多かったけど、LINEは今ほど普及していなかったから電子メールで連絡を取っていた。SNSが問題視され始めたのはその頃からだろうか。既読無視などのトラブルは起こっていなかったけど、ブログに悪口を書かれたりする人もいて喧嘩が勃発することもあった。

 

インターネットの長所を挙げるなら、

  • 基本的にどんなことでも出来るので便利。(調べもの、課題、ショッピング、動画、SNS、ブログなど)
  • 情報に対して瞬時にアクセスできる。非常に効率的。
  • 豊富な情報量(但し、信頼性の有無は関係ない)
  • いつでも、どこでも誰かと繋がれる。
  • たくさんの人と繋がって友達になって見聞を広める事ができる。あらゆるジャンルの人々がいるし、国境も関係なく全世界の人と話せる。
  • 多様性に溢れる広い世界の人々に認められることで、承認欲求を満たせる。(例:「いいね!」「リツイート」「シェア」機能など)
  • 誰でも「自分の考え」を世界に発信し、その考えを知ることができる。
  • 在宅仕事ができる。(例:YouTuber、ライター、個人投資家など)
  • テレビや新聞のプロバガンダに翻弄される可能性は減少する。(ゼロにはならない。でもネットの情報は良くも悪くも多様性に溢れているから、あらゆる考えに触れることで洗脳されにくくなるはず。)

 

そして短所も挙げるとすれば、

    • 便利だからこそ依存性が高くなる。
    • 本のように「他の情報」が目に入らない。(知りたい情報にすぐアクセスできるから、寄り道することで得られる新しい発見もない。即時に答えをくれるネットでは「なぜ?」という疑問が湧きづらい。)
    • 常に誰かと繋がれる状況だからこそ、そうしていない時間が不安で苦痛になる。不必要な孤独感に苛まれる。
    • たくさんの人と繋がることが出来るけど、その「たくさんの人」には危険因子も少なからず存在する。きちんとした見識眼が必要。
    • 知らないうちにプライバシー情報を流出している。(よく有名なYouTuberたちがネットストーカーに住所特定されてるよね。あと一般人に関してもよく晒されてるのを見かける。)
    • 承認欲求が強くなると、過激さを求めて自滅してしまう可能性がある。(キラキラ女子や裏垢女子、病みアカウントなど)
    • 誰でも発信できるからこそ、間違った見解を世間に広めてしまうかもしれない。(歴史的事実や芸能人情報など)
    • 情報過多なネットの海では、自力で泳ぐことが非常に難しい。どれが真実で嘘か、何を信じればいいのかわからなくなる。(価値基準の拠り所を「他人」にしている人は、「自分」の頭で正確な判断が出来ない。ゆえにすぐ騙される。環境や教育の問題でもあると思う。)
    • 不快な情報も目にしてしまうことがある。(わいせつ関連のものや、好きなアーティストなどに対する誹謗中傷など)
    • 知らない間にウイルス感染して、パスワードを読みとられたりする可能性がある。(クレジットカード情報などの悪用。参照:ウイルスとは?|どんな危険があるの?|基礎知識|国民のための情報セキュリティサイト )
    • サイバー攻撃の被害に遭う可能性がある。(国家や企業だけの問題ではない。パスワードの使い回しは避けるべき。参照:絶対に近づいてはいけない「ダークウェブ」強すぎる匿名性が生んだ闇 - withnews(ウィズニュース)

 

 

もはや「無法地帯」と化した世界

ネットは誰が見ているかわからない怖い世界、当初はそういう強い意識があった。周辺の友人たちは顔出しでSNSをしている人も居るから、最近は私も警戒心が少し希薄になっていた。ともかく初心の私は本名や自画像は絶対に出さなかったし、ましてやネットの世界で出会った人間と会うなんてとんでもない事と考えていた。ドキュメンタリー番組『警察24時』は幼い頃からよく観ていたから、その影響も大きいだろう。

 

 

サイバー警察の話が印象に強く残っている。「ネットで拡散された情報や画像は二度と消せない」ということ。児童ポルノをばら撒いている人たちが逮捕されたり、売春している女子高生が補導されている映像は何度も目にしたものだ。そういう人たちを観て怖さも感じたけど「真面目に生きていれば関係ない」と高みの見物で居たような気がする。もちろんその通りではあるけど、ネットにはあらゆる人間が存在する。私自身も常に危機意識を持つべきだと思った。

 

 

他人の奇行を無断で映像に撮る人(プライバシーの侵害と肖像権侵害)守秘義務が求められる自衛隊で内部映像を流出させて事実上クビになった人自衛隊守秘義務違反)、「いいね!」で承認欲求を満たすためにブランド品を買い漁るキラキラ女子、同じく承認欲求や金銭のためにわいせつな自撮りを晒す裏垢女子(わいせつ電磁的記録頒布、わいせつ物公然陳列罪)、もしくはそれを強制的に求める男性(東京都では改正青少年健全育成条例により条例違反)、匿名だからといって特定の人間や企業を誹謗中傷する人名誉毀損、信用棄損罪、業務妨害罪)に、ネットだからと何を書いてもいいと思っている人たち……

 

参考①:プライバシーの侵害と肖像権!他人にSNSで勝手に個人画像を載せられた | 弁護士相談Cafe

参考②:自衛隊、SNSでの防衛機密情報ダダ漏れが止まらない!? | ビジネスジャーナル

参考③:わいせつ物頒布等罪

参考④:女子高生がバイト先でわいせつ画像を「自撮り」して公開・・・法的な問題は?(2015年5月11日) - エキサイトニュース(1/2)

参考⑤:【衝撃事件の核心】自画撮りわいせつ画像、要求するだけで犯罪に 2月施行の都改正条例で初摘発者 取り締まり強化する警察(1/3ページ) - 産経ニュース

参考⑥:警察に通報する | ネット誹謗中傷対策(WEB広報)

 

 

モラルなんて存在しない「無法地帯」なのか。

ふと考えこんでしまう。

 

 

私にとってインターネットは❝趣味に関する情報を得る場所❞で、主にSNSTwitterを利用していた。かなり多趣味な部類の人間だとも言えるので、即時にあらゆる分野の情報を手に入れられるこの世界は非常に便利で、好奇心旺盛な私にとっては好都合な場所だったのよね。雅楽など伝統音楽に関わる人々をはじめ、文理に拘らず研究者さんたちや他の大学生など、情報交換で広がっていく世界が素晴らしく思えたんだ。

 

 

友達と社会問題や哲学的なことについて、

議論したり意見を聞くのが好きだったんだよね。

会話することで視野を広げられるし、

お互い分かり合えるから信頼も深まる。

 

 

 

 

そんなわけでふと興味本位で、

某通話アプリをインストールしてみたことがある。

(あえて名前は伏せておこうと思う。)

 

 

音楽などの趣味で関わることはあってもジャンルは限定的だったから、「より多くの人と話してみたい」と思ったのがキッカケだった。でもすぐに❝自分に合わない世界❞だと思ったよ。男女共に節操がないというか、モラルに欠けている。これが俗にいう「ネット世界の闇」かと思い知らされた。私と同年代(20代)も居れば、それよりも若くてまだ未熟な中学生や高校生も居たんだよね。 

 

そんな子たちがタイムラインで何を呟いていたかというと、「暇だ」「寂しい」「彼氏・彼女が欲しい」「誰かと話したい」という孤独感に苛まれた内容が多かった。しかもそういう場所だからこそ、男性の気を引くために若い女性がわいせつな内容の投稿をしているのも見てしまったんだ。まだきちんとした判断能力を持たない子どもたちが、こんな「危険な世界」に居るのか。身を以て目の当たりにしてしまった。(ちなみに書いておくけど、もちろんそのアプリはもう使ってない。危うきに近寄らずだもの。)

 

 

普段からよく使っていたTwitterも、

目を向けていなかっただけで

そういう若者は沢山存在したんだよね。 

 

 

現実世界では吐き出せない苦しみや悲しみがあるんだよね。境遇や思想も違うから完全に理解はしてあげられないと思う。個人の力には限界があるし、一人一人に寄り添っていたらきっと自分自身も壊れてしまうだろう。でもそういう世界を作り出さないために私たちに出来る事はあるし、これから社会を担う若者の一人として考えていく必要がある。 

 

ネットには多種多様な人々がいるから、狭い水槽ではなく大海に飛び込むことができるという長所。でもそれと同時に文明が発展しすぎた「接続過剰社会」は、孤独感やコントロールできない情報社会を生み出してしまった。この問題については掘り下げながらもう少し考えていきたいな。便利なものは本当に世界を良くしたのだろうか、世界に問いたい。解決すべき課題がまだまだあると思う。